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三日に一度くらい書けたらいいなの日記。たまにみじかい話も書きます。
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あなたは さくら
(テニス/ジロ跡)

「あとべは さくらみたいね」
 裏庭の桜の大木の下に寝転んで じろうが言った
 黄色い髪の毛と まるい鼻のあたまと ネクタイのゆるんだ制服の胸と 腹と そでとズボンとほかにもたくさん 桜の花びらがとまっている
 じろうの言葉にはたいてい深い意味はないとあとべは思っている
 だから
「そうか」
 とみじかくこたえて 携帯電話で時間を気にした
「きれいっていみだよ」
 横でじろうが言った
 わらっていなかったし あとべを見てもいなかった
「ありがとよ」
 あとべは立ち上がった
 昼休みが終わる前に榊のところへいかなければならない そのあと 生徒会室にも顔を出さなくてはならない
 仰向けのじろうの視界には はらはらと絶えず舞い落ちる桜の花びらが映っているにちがいない おなじ視線の高さでおなじ光景を見る余裕が あとべにはない
「いましかみられないよ さくら」
 歩き出したあとべの背に じろうの声がした
「いそいでさいて いそいでちっちゃうんだよ」
 あとべは振り返ったが じろうは相変わらず仰向けのままだった
「あとべは さくらみたいね」
 ふたたび歩き出した背に ふたたび声がした
 今度はもう 振り返れなかった
 桜の大木から遠く離れ 校舎に入ろうとしたとき あしもとにひとひら舞い落ちた
 さくら
 
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さみしい鳥

(テニス/岳人と慈郎)

 部室棟の一階の自販機の前で、フルーツ・オレかバナナ・オレかで迷っていたら、誰かが肩にぶつかってきた。見ると、黄色い癖毛が隣に立っている。
「それちょうだい」
 当たり前みたいに伸びてきた手に請われて、意味わかんねー義理も義務もねえ、と思ったけれど、岳人は右手に持っていた百円玉を慈郎のてのひらに落としてやった。平たく小さな金属のかけらをぎゅ、と一度慈郎は握りしめ、けれどすぐに「これじゃない」と突き返してくる。ふたたび岳人のてのひらに戻った百円玉は、真夏のアスファルトの上で焼かれたように熱かった。
「それ」
 と慈郎が岳人の左手を指さす。岳人は左手にラケットを持っている。アホか、と心底思った。
「やだよ」
「どおして」
「俺がラケットくれっつったらおまえはくれんの、ジロー?」
「……あげないね」
「だろ」
「うん」
 ああこいつ起きてねえ、と岳人は思った。まるく目をひらいて、膝下を切り落とした兄貴のお古のジャージから伸びた足でしっかり地面に立っているのにまだ起きていない。非常識という名の扉だけを鍵もないのに簡単にひらいて、常識を切り落とした世界にコートを踏むのと同じ足で立つ、そんな慈郎の不器用で寂しい生き方を、岳人はときに器用で愉快だと思った。うらやましいような気がしていた。
「跡部んとこいけよ」
 起きていない慈郎の相手はひどく面倒なので、跡部に押しつけることにする。慈郎は素直にこくと頷いて、振り返らずにまっすぐコートのほうへ歩いていった。
 岳人は自販機に向き直り、慈郎の体温の残る百円玉を硬貨投入口に落とす。どっちのボタンを押すかはまだ決めきれない。
 なんの疑問もなく跡部のところへいく慈郎をうらやましいと思った。自分はどこへ、誰のところへいこう、と思った。
 思いつかない。
「    、」
 突然うしろから呼ばれて振り返る。とても見慣れた顔がそこには立っていて、取り立てて表情もなく、戻りが遅いので迎えにきたというようなことを言った。胸の奥がかすかに爛れるような気が、岳人はした。おまえじゃねえよ、と睨むようにそいつを見据えながら、拳でガンと自販機のボタンを見ないまま押す。ガタン、と、落ちる音がした。

不二おめでとーさま!

(テニス/36。不二→菊ぽいです。不二像が崩れ気味なのでご注意くださいすいません)

「誕生日おめでちゅー!」
「なんでネズミ?」
「えっどこにネズミ!? やめていま俺にネズミの話はこないだエミちゃんにネズミーランドおごらされてしかもパレードの悪夢がね!」
 両手で頬を押さえて男子高校生の太い声でキャーと気色悪い悲鳴を上げる菊丸に、不二はあさっての方向に目を逸らしてため息をついた。
 噛み合わない会話は菊丸の得意分野だ、しかし以前乾にそう言ったら会話というのは相手が存在してこその行為であるから菊丸の相手をしている不二の得意分野でもあると言えるなとたいして興味もなさそうに分析された、いけ好かないデータおたくめ。
 ため息が白く煙り、視線の先の風景、青春学園高等部校舎をわずかばかりぼやけさせる。ああなんて立ち並ぶ木々の寂しいこと。空の青いこと、空気の研ぎ澄まされていることクソ寒い。
「エミちゃんて誰」
「え? カノ」
 ジョ、まで答える寸前で菊丸の声は途切れた。視線を戻すと、しくじったと隠しもせずに顔に書いてへらりと締まりなく笑う。おもしろくもないと不二はマフラーに顎をうずめた。
「一緒に初詣にいったユウコちゃんはどうしたの。ずっとラブラブでいられますようにってふたりで神様にお願いしたんでしょ」
「あーそれねーなんかユウほんとは新しい彼氏できますよーにってお願いしてたみたいでそんで叶っちゃったみたいっつーかなんつーか」
「最低」
「だよねー!」
「英二がだよ」
 けんもほろろに不二が目を細めると、菊丸は薄ら笑いを引きつらせて黙った。いつもみたいに駄犬のごとくぎゃんぎゃんと反論してこないところを見ると十分に自覚があるようだ。あるくせに別れた原因を女子に押しつけようだなんてどこのクズだ。
 カシクラユウコです、エイジくんとつきあってます。そう言ってはにかんで笑ったユウコちゃん。彼女のほうから菊丸を振るなんて考えられない。
 正門から出てきた女子の二人連れが、他校の制服姿の菊丸を無遠慮に見ながら通り過ぎていった。中の中の学力レベルの可も不可もないテニスが強いわけでもない公立の高校に進学した菊丸は、去年の四月に入学して以来、不二の知る限りで二回彼女が変わっている。そしていま知った三回目。
「大石たちは?」
 菊丸が露骨に話を逸らした。もともと追求する気もないので不二はその誘導にのってやる。
「もうすぐくると思うけど。先にどこか入っててもいいって言ってたよ」
「じゃーマックに避難、超寒い。俺マックフルーリー食おっと」
 寒さとアイスが連結する菊丸の嗜好が不二には毎年理解できない。こたつでアイスってなんだその不正解。日本人ならみかんだろう。
 強く風が吹き渡り、不二は思わず両手で耳を押さえた。冬場にいちばん庇わなければいけないのは耳だと強烈に思う。本当に凍ってもげ落ちてしまう気がして笑えない。隣の菊丸は耳ではなく、中学時代よりやや長く量は軽くウルフスタイルのようになった髪を庇っている。
「不二もランドいったの?」
 片手で髪を整えつつもう片手でマックで待機と大石にメールを打ちながら、菊丸が不二を見た。彼の脈絡ない問いにはとうに慣れきっているので、答えだけを簡潔にして問い返しはしないと不二は決めている。なんでそう思うのさ、という疑問はわくけれど。
「いってないよ」
「じゃなんでネズミなの」
「英二が最初に言ったんでしょ」
「は?」
「おめでちゅー。チューチュー」
 鳴きマネなんてとてもいえない投げやり極まる態度で唇をとがらせた不二に、菊丸はなんだか変なものを見るような目を向けた。しまった最悪だ四年ぶりの僕の誕生日はいまめでたく呪われた、英二にそんな目をされるなんて人生で五本の指に入る失態。
「不二にしては貧乏な発想力」
 うわ、本当に最悪だよ。それを言うなら貧困じゃないのと突っ込む気力も起きない。
「ボク四歳、て言ってよ」
 青学高等部の正門前から歩き出しながら、菊丸がアホを企む悪ガキみたいに歯を見せて笑った。
「ボク不二周助、今日で四歳」
「うわ、つっまんねえ!」
 顔の横に指四本立てる大サービスでなんのためらいもなく言う通りにしてやると、菊丸は心底がっかりしたようでさらに歯を剥き出して不満を垂れた。
「プライドとかないんですかー」
「山のようにあるけど英二相手に使うほど安くないんだよね」
「値下げしてください!」
 菊丸の息が白く渦巻く。よくしゃべる彼のことだ、真冬は常に白いものに巻かれているのだろうなあと思いながら、不二はまた両耳をてのひらで覆った。自分の生まれたこの季節にもっとも耐性がないなんてなんだか理不尽な気がする。
 いつもと変わらず軽そうなカバンに手を突っ込みながら、横で菊丸が何か言った。風の音と耳を塞いでいるせいでうまく聞き取れず、不二は渋々手をはずす。
「そんな周助くんにプレゼントフォーユー!」
 そんな、が何にかかっているのか一瞬つかみ損ねたが菊丸のカバンからニュ、と出てきた代物を見て即座にわかってしまった、わからないままでいたかったと不二はつい視線を逃がす、それが誕生日プレゼントだと抜かすのなら僕は断固いらない。
「耳寒いんでしょ?」
 包装も何もなくそのまんまで菊丸が差し出したのは真っピンクのふわふわイヤーマフ。それだけならまだよかった(いらないけど)本当にただ単純に不二の耳を心配してくれているのなら(超いらないけど)、しかしヘッドバンドの部分に何かついている。それこそ夢の国のプリティなヒロインばりのどでかいリボンかと思ったが違った。それはあれかな、俗にいう猫耳ってやつなのかな英二くん?
「ユウコちゃんにでもあげようと思ってたのが無駄になったわけ?」
「不二にあげるんで買ったに決まってんじゃん」
 ふたたびのユウコちゃんの名に今度は動じた様子もなく菊丸は即答した。彼の言葉の真偽を容易に見抜けてしまう自分を、不二は心から残念に思った。菊丸の気持ちには感謝を示してやりたいがとりあえずあまり自信はない。ありがとう英二、と偽りなく愛情込めて言ってみれば顔が勝手に薄笑う。
「ぶっ殺すよ?」



不二誕生日おめでとう…ていうかすいません…。
途中まで書いたのが一回全部消えて絶望したせいか当初の予定より大幅に変な話になってしまいました。つーかちゃんとした更新する時間ないからってブログに書き殴るなっつー話ですよね…。変な36が好きですすいません。

お子様と王様

(テニス/ジロ跡)

 黒地にオレンジ色のペンギン模様のビーチサンダルを履いた足がどこへ向かうのか慈郎にはわからなかった、自分の足なのに。深夜の住宅街をひとり歩いているのでペタペタペタと軽々しい足音が目立、たない。足音よりずっとけたたましくきらびやかに携帯の着信音が響き渡った。強く発光するディスプレイに兄の名前。
「なあに」
『コントローラーねえぞプレステの』
「あ。がっくんちに忘れてきた」
『死ね』
 冷静に命じて通話は切れた。日付が変わっても家に帰らない義務教育中の弟に電話してきて吐く台詞がそれだけだなんてオニアクマ。てゆうか電話すらくれないおかあさんがもっとオニアクマ。て、ゆうか、夜ごはんのカレーひとつで(だっておかあさんは本気で忘れたんですチキンカレーなのに鶏肉を)マジギレたおれがアホ。ええ鉄板でアホですともごめんなさいね!
「でもおれはチキンカレーが食べたかったのたまねぎにんじんじゃがいもにんにくカレーじゃなくてとり肉」
 もぐもぐと口の中で呟くうち、慈郎はだんだん悲しくなってきた。真冬に素足でビーチサンダルなんておれはほんとうにアホだ、超さみい。ので、皓々と路上まで照らす白い明かりが人を誘うコンビニに、ペタペタと足音を響かせながら入った。
 あまりにもくだらない言い合いを母親として家を飛び出してから約四時間、通学路を無意味に何往復もして、途中三軒あるコンビニにいちいち入っては漫画雑誌を座り読みして出てをくり返し、三軒ともの店員に顔を覚えられたのはもちろんそろそろ本気で不審人物としてマークされているに違いない。
 だって続きは読みたいけどお金出して買うほどほしくはないんだもん。つーかサイフ家だし。無一文なんだもん。と、ふて腐れながら悪びれず漫画週刊誌をめくっていると、現在の唯一の所持品がまたピカピカひかってキラキラと鳴った。
『いまどこにいる』
 跡部からメール。なんかこのひと三十分おきに居場所きいてくるけど助けにきてくんないしうざい。ろーそん、と返信して慈郎は携帯の電源を切った。
 おかあさんの年増! とわめいて家を出たあと慈郎は跡部に即電話をして、チキンなしカレーの顛末を訴えた。そうしたら、アホ抜かしてねえでさっさと帰れおばさんに謝れメシつくってもらってることをまず感謝しろてめえ年増って意味わかって言ってんのかとこの上ない正論を吐いて電話を切りやがったくせに、その後定期的に、いまどこだとかもう帰ったかとかメールをしてくる。みんないつも跡部の忙しさを労わったり憂えたりしているけれど、実はけっこうひまなんじゃねーのあいつ、と慈郎は思った。
 普段なら跡部のことを考えると眠くなるのに今日はまったくその気配もない。通学路の往復もいい加減疲れてきたし飽きたし読みたい漫画もそろそろ尽きるしこれからどうすればいいの、とぼんやり不安を抱えながら惰性のように質の悪い紙のページをめくり、尽きると言いつつ二冊、三冊目にしゃがんだまま手を伸ばしたところで、突如横から雑誌を取り上げられた。
 見上げると、跡部。
「帰るぞ」
 雑誌をマガジンラックに戻すと、跡部はすぐに背を返して店の出入り口へ向かった。のそのそとついていきながら、慈郎は携帯の電源を入れる。午前一時ちょっと前。
「跡部はなにカレーが好き?」
「ビーフ」
 おそろしいほど簡潔で無感情な答えが返ってくる。怒っているのかあきれているのかそれ以外(主に殴るとか蹴るとかぶっ殺すとか)なのかまったく読めない。と思ったけれどコンビニを出た途端一秒で読めた。
 振り返った跡部の目はものすごく眠たそうだった、人は眠気に逆らおうとすると凶悪な顔になるようだ。兄ちゃんに似てる、と普段の自分を棚上げにして(いる自覚すらまったくなく)慈郎は思った。そして眠いのにこんな時間なのに補導だってされかねないのにあした(もう今日)も朝練あるのに迎えにきてくれたのだと気づけばなんていとおしい。ごめんねうざいなんてゆって!
「跡部あいしてる!」
 抱きつこうと両腕を広げた慈郎を見て、跡部は薄く笑った。あっ超怒ってる!
 直後、
跡部が慈郎に向かって伸ばした腕はもちろん抱きとめるためではなくアイアンクローなわけだし、慈郎の勢いも愛の抱擁というよりむしろ壮絶なタックルのよう。



今日はジローの日。毎月一度の26の日。
こういうひどい話しか書けない自分に最近わりと絶望します(いまさら)

それじゃあさよなら、また来年
(テニス/切ジロでジロ跡。節操なくてすいません)

 一年の終わりの朝に喧嘩をした。先に手を出したとか出さないとかそんなことはどうでもよかった実際出されたのは足だし関係なかった。
 次の一年も終わったなと切原は思った。この人は殺す勢いで俺に回し蹴りだし、俺は殴り返したうえ大嫌いだと言ってしまった。もう修正がきかない気がして途方に暮れる。
 寒々しい川沿いの土手の上に広がる空には、分厚い雲が帯状に走っている。そこを境に下は焼けるようなオレンジで上は茫洋と青い。こんな景色は見たことがない。まっすぐ真横に走る青白橙の三色はどこかの国旗に似ていたりするんだろうかと思ったが切原は地理も苦手だ。
 気温がとても低くて指先が凍える。芥川にマフラーを取られたので首筋も寒い。くそ震えるな、と切原は念じた。右手。俺の右手。寒くて震えているのならまだましだったのに。
 日がのぼる。オレンジが雲の帯を超えて青を食って空全体が燃えるのだろうかとおそろしいような気分になったがそうはならなかった。オレンジはただ強烈なまるいひかりのかたまりになってゆっくり青の中をのぼってゆく。雲の帯が徐々にほどけてちぎれて薄まって綿菓子のようにきらきらふわと遊ぶ。
 長い茶髪をふたつに結んだノーメイクのどピンクのウィンブレの女子高生(推定)がすごいスピードで自転車を漕いでくる。ごつい自転車にはどこかの新聞社の錆びかけたプレートがついていて、おおきな鉄の前カゴの中はからっぽ。女子高生はスピードを落とさずドリフトじみて大げさに華麗に切原と、切原の正面で座り込んでいる芥川をよけていった。
 美人、と切原は思った。勤労美人。化粧したらブスになっちまうんだろうなと思うとがっかりだった。こどもで男だから化粧の価値がわからない。ファンデーションにもチークにもグロスにもキスなんかしたくないと思う。芥川がおんなだったら、と、思う。
 芥川が地面を向いたまま低くよみうりと呟いた。プレートの文字を読み取ったようだ、女子高生の眉毛のしっかりした男らしい美人面に切原が動体視力を使っていたあいだに。
「あそこは、むかつく。勧誘がしつけえ」
「そうなんすか」
「そう」
 十五分ぶりぐらいに芥川が口をきいてくれて切原は安堵した。嘘ですあんたのこと嫌いじゃないです。そんなわけはないです。凶暴で足癖の悪い男だっていい。蹴られた脇腹が鼓動と連動して痛む。
 芥川が左の頬を押さえて立ち上がった。切れた唇の端を舐めて、すこし顔をしかめた。
「ねえ一緒に初詣」
「いかねえ跡部といく」
 それが理由で喧嘩。芥川の決意は固く、一年の終わる朝に切原と一緒にいてはくれても始まりの朝には会う気すらないと、回し蹴りの果てに証明するのだった。芥川は自分のところの部長をそれはそれは大事にしていて、たぶんたからものみたいに、神様みたいに思っている。わかってんだそんなこと、超ウゼェ。
 ふ、と芥川の黄色い頭が身体ごと揺れて傾いで、目で追った途端に顔に一発食らった。それからキスされた。勢い任せすぎて唇がうまく重ならなくてああもったいないもったいないもったいない。
 なんの余韻もなく、一秒で芥川は背を向けた。やっぱり終わった、今年どころか来年もその次も永久に終わったと涙目で切原は思っ
「じゃーまた来年」
 肩の高さでふらりと手を振って、芥川は行ってしまった。切原はその背中を見送り続けた。あばらが痛い。頬がジンジンする。あ、マフラーパクられた?
(また来年)
 唇が甘い。 



今年一年サイト見てくださって、どうもありがとうございました!
よいお年を!
カレンダーにない
(28赤也/遅れましたが仁王誕生日話ですがまったく祝ってはいません)(おまえ)

 仁王くんの? とたいして興味もなさそうに問い返すような柳生の声がして、赤也は部室に入ろうとドアノブをつかみかけていた手を思わず止めた。室内でする声を漏らさず聞き取ろうと耳を押し当てた途端ドアは勢いよくひらき、ガンと思いきり額の左側をぶつけると同時にベシと頬が潰れた。考えてみれば当たり前だ、ここは部室なんだから中にいる部員(柳生ほか三年生はすでに引退しているので厳密には元部員だけれど)は外に出てくるものだ。というか赤也こそ歴とした現部員なのだから堂々と入室すればよかっただけの話、聞き耳を立てる必要がどこに。
 痛みよりもむしろ自分のアホさ加減に衝撃を受けて額を押さえてしゃがみ込んでいると、何やってんだおまえ、と丸井の声が降ってきた。ドアをあけたのは丸井のようだ。馴染みの黄色ではなく自前の鮮やかすぎる赤いジャージにだらしなく片方だけ袖を通して、いつも通りもぐもぐ口を動かしている。
 ドアなんて普通にあけたって思いっきりあけたって結局あくんだからもっと静かにやさしーくあけらんねえのかよ、と逆恨み以外のなんでもなく赤也は黙って丸井を見あげた。鉄壁の無表情を装ったつもりだったのに沈黙の中に不平を読み取られたらしく、丸井の口元でみるみる膨らんでいた薄いグリーンの風船が不吉な音を立てて破裂した。
 ひっ、としゃがんだまま顔を庇うように赤也が身構えると(なんて不本意な条件反射!)、丸井は鼻で笑ってまたクチャクチャと口を動かした。ああなんてむかつくそしておそろしい笑顔。甘いりんごの匂いさえおそろしい、となかば本気で怯えはするものの、
「今日も練習出てくんスか。ヒマなの?」
 結局考えなしにそういう口をきいてしまう赤也なので、日常的に丸井の標的になっていても同情してくれる者はすくない、救いの手となるともっと絶望的にすくない。
「ヒ・マ・なんだよ。遊んでやっからありがたく思え」
 引退したといっても内部進学者は受験勉強とは縁がない、ヒマに任せて部活に顔を出す三年生はどこの部にもあふれている。丸井は赤也の物言いを咎めないかわりに、右手のラケットを大きくぐるりと回した。髪の先を鋭くフレームがかすめていき、赤也はまたひっと首をすくめた。
 その様子を見兼ねてか、ふいに柳生が赤也の目の前に片手を差し出した。見あげると、眼鏡のレンズの奥でかすかに目を細め、唇の端を優雅に持ちあげている。とうに見慣れたと思っていたのにこっちが赤面するような通り名に恥じない紳士っぷり、なんだか背中がむずむずすると同時に赤也は確かにきゅんとして、柳生の手につかまった。指きれいですね好きです柳生先輩、と日課みたいに(実際ほぼ日課となり果てている愛の告白は当たり前に軽口と大差なくなって柳生にはまるで信用がない)口走りそうになったけれど、丸井がすぐそこにいるのでいちおう我慢する。
 丸井は、王子様が迎えにきたお姫様みたいにうっとりと立ちあがった赤也をおもしろくもなさそうに一瞥してから、柳生に向き直った。
「今日なんだろ、仁王の誕生日?」
「さあ」
 赤也がついアホな聞き耳を立てずにいられなかった会話の続きをようやく丸井が口にし、しかし柳生はあっさり打ち切ろうとする。
「知らねえの?」
「なぜ知っていると思うんですか」
 柳生はめずらしく、うっすらと迷惑げな顔をした。きれいな眉間に寄るしわはそれ自体もうつくしく整っているんだなあと、赤也はとても納得した気分になる。
「自分の誕生日知らねえわけねえだろい、仁王?」
 柳生の肩を軽く叩くと、問題のある発言と甘い匂いを残して丸井はコートのほうへ歩いていってしまった。え? と赤也はまばたいた。思わず凝視した丸井の背中からは、いつもと同じ風船ガムの割れる音がする。
 え?
「またそういうつまらないことを言う……」
 ため息のように柳生の声がした。隣に立つ彼に視線を移すのを赤也は一瞬ためらった。おそるおそる見たその人は、柳生以外の誰にも見えなかった。しかし、仁王雅治の化けた柳生比呂士もまた、柳生比呂士にしか見えないのではなかったか。
「た、たんじょうび」
「はい?」
「おめでとうござい、ます?」
「私の誕生日は今日ではありませんよ」
 柳生はあきれたような、すこし困ったような顔をした。どさくさに握ったままでいた柳生(本当に?)の手を、赤也は慌ててはなした。
「俺、き、着替えてきます」
 回れ右をして飛び込んだ部室で見たものは、今日の日付だけが黒マジックで四角く塗り潰されたカレンダー。自分の生まれた日などどうでもいいと笑うならそれは仁王、几帳面で正確無比な正方形を描けるならそれは柳生。いま俺にやさしかったあれは誰だ、長くてあたたかいあの指、頭がくらくらする。
微々と笑む
(柳と柳生)

「彼は私の話などまるで聞きません」
(ジェントルピロシはわしの話なんぞ一秒も聞かん)
「良識的にすぎて理解できないので聞いても無意味に思えるのだそうです」
(非常識じゃけえ聞くだけ無駄ち、普っ通のツラして抜かしよる)
「良識を理解できないなど人として大変正しくないと思いますが、」
(無駄ァ言われて話す口ば持っちょらんき、)
「ならば話す労力を惜しんでも罰は当たらないというもの」
(最近ようしゃべらん)
 今朝教室で、言葉とは裏腹にひどく愉快げな笑みを浮かべた仁王を思い出しながら、柳はいま部室で目の前にいる柳生に向かってため息をついた。ふたりの話を総合すると、彼らは最近ろくに口をきいていないと、それだけのことだ。
 どうでもいいな、と0.1秒で柳は思った。ダブルスを組む上では問題があるだろうが、そして参謀としては改善策を講じて然るべきなのだろうが、実にどうでもいい。というかこれは決して相談や助言を求める類いのものでなく、ただの愚痴だ。紳士が涼しい顔で、詐欺師が薄ら笑いで、揃ってくだらない事実をお聞かせくださっている。耳によくない。
「暇潰しなら弦一郎相手にやってくれないか」
「はい?」
「いや。仁王がおまえをピロシと呼んでいたぞ」
 思わず真田を売ろうとして、柳は一応思いとどまる。ピロシ、と聞いて柳生は微かに口の端を吊り上げた。
「彼の嫌がらせはレベルが低いんですよ」
「柳生、すこし仁王に似てきたな」
「どこがです?」
 柳生の微笑が底なし沼みたいに深まった。一見優しげだが勘の鋭いこどもなら泣くかもしれないな、と興味深く分析しながら、柳は超然と答える。
「腹を立てると笑うところが」
「気のせいですよ」
 途端に余韻のかけらもなく笑みを引っ込めて、柳生はラケットを手に部室を出ていった。
 柳はそれきり、コートでボールを追ったりデータを収集したり英語の過去問貸してくださいと赤也に泣きつかれたりしているうちに、そんな会話をしたことすら忘れたが、夜、珍しく柳生からメールがきた。タイトルはなく、本文はたった六文字。
『気のせいです』
 案外しつこい。
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