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(テニス/ジロ跡)
黒地にオレンジ色のペンギン模様のビーチサンダルを履いた足がどこへ向かうのか慈郎にはわからなかった、自分の足なのに。深夜の住宅街をひとり歩いているのでペタペタペタと軽々しい足音が目立、たない。足音よりずっとけたたましくきらびやかに携帯の着信音が響き渡った。強く発光するディスプレイに兄の名前。
「なあに」
『コントローラーねえぞプレステの』
「あ。がっくんちに忘れてきた」
『死ね』
冷静に命じて通話は切れた。日付が変わっても家に帰らない義務教育中の弟に電話してきて吐く台詞がそれだけだなんてオニアクマ。てゆうか電話すらくれないおかあさんがもっとオニアクマ。て、ゆうか、夜ごはんのカレーひとつで(だっておかあさんは本気で忘れたんですチキンカレーなのに鶏肉を)マジギレたおれがアホ。ええ鉄板でアホですともごめんなさいね!
「でもおれはチキンカレーが食べたかったのたまねぎにんじんじゃがいもにんにくカレーじゃなくてとり肉」
もぐもぐと口の中で呟くうち、慈郎はだんだん悲しくなってきた。真冬に素足でビーチサンダルなんておれはほんとうにアホだ、超さみい。ので、皓々と路上まで照らす白い明かりが人を誘うコンビニに、ペタペタと足音を響かせながら入った。
あまりにもくだらない言い合いを母親として家を飛び出してから約四時間、通学路を無意味に何往復もして、途中三軒あるコンビニにいちいち入っては漫画雑誌を座り読みして出てをくり返し、三軒ともの店員に顔を覚えられたのはもちろんそろそろ本気で不審人物としてマークされているに違いない。
だって続きは読みたいけどお金出して買うほどほしくはないんだもん。つーかサイフ家だし。無一文なんだもん。と、ふて腐れながら悪びれず漫画週刊誌をめくっていると、現在の唯一の所持品がまたピカピカひかってキラキラと鳴った。
『いまどこにいる』
跡部からメール。なんかこのひと三十分おきに居場所きいてくるけど助けにきてくんないしうざい。ろーそん、と返信して慈郎は携帯の電源を切った。
おかあさんの年増! とわめいて家を出たあと慈郎は跡部に即電話をして、チキンなしカレーの顛末を訴えた。そうしたら、アホ抜かしてねえでさっさと帰れおばさんに謝れメシつくってもらってることをまず感謝しろてめえ年増って意味わかって言ってんのかとこの上ない正論を吐いて電話を切りやがったくせに、その後定期的に、いまどこだとかもう帰ったかとかメールをしてくる。みんないつも跡部の忙しさを労わったり憂えたりしているけれど、実はけっこうひまなんじゃねーのあいつ、と慈郎は思った。
普段なら跡部のことを考えると眠くなるのに今日はまったくその気配もない。通学路の往復もいい加減疲れてきたし飽きたし読みたい漫画もそろそろ尽きるしこれからどうすればいいの、とぼんやり不安を抱えながら惰性のように質の悪い紙のページをめくり、尽きると言いつつ二冊、三冊目にしゃがんだまま手を伸ばしたところで、突如横から雑誌を取り上げられた。
見上げると、跡部。
「帰るぞ」
雑誌をマガジンラックに戻すと、跡部はすぐに背を返して店の出入り口へ向かった。のそのそとついていきながら、慈郎は携帯の電源を入れる。午前一時ちょっと前。
「跡部はなにカレーが好き?」
「ビーフ」
おそろしいほど簡潔で無感情な答えが返ってくる。怒っているのかあきれているのかそれ以外(主に殴るとか蹴るとかぶっ殺すとか)なのかまったく読めない。と思ったけれどコンビニを出た途端一秒で読めた。
振り返った跡部の目はものすごく眠たそうだった、人は眠気に逆らおうとすると凶悪な顔になるようだ。兄ちゃんに似てる、と普段の自分を棚上げにして(いる自覚すらまったくなく)慈郎は思った。そして眠いのにこんな時間なのに補導だってされかねないのにあした(もう今日)も朝練あるのに迎えにきてくれたのだと気づけばなんていとおしい。ごめんねうざいなんてゆって!
「跡部あいしてる!」
抱きつこうと両腕を広げた慈郎を見て、跡部は薄く笑った。あっ超怒ってる!
直後、跡部が慈郎に向かって伸ばした腕はもちろん抱きとめるためではなくアイアンクローなわけだし、慈郎の勢いも愛の抱擁というよりむしろ壮絶なタックルのよう。
今日はジローの日。毎月一度の26の日。
こういうひどい話しか書けない自分に最近わりと絶望します(いまさら)