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(※せんべ)
大丈夫かよと尋ねて手を握ってやったら、この態度だ。
「ひっ!? どうしたの跡部くん!?」
跡部景吾がやさしく構ってやることに対して、千石清純は絶望的に疑り深い。
「ななななんでそんなやさ、やさしいのですかね?」
どもるなよ。敬語かよ。失礼なんだよ疑問系がよ。
扱いづらさに定評こそあれ利点など何ひとつないと思える白い学ランの袖口を茶色く汚した千石は、向かい合って立つ跡部の顔とつかまれた手を交互に見比べながら、警戒心丸出しであからさまに身構えている。一秒後に即殴られると世界の理みたいに確信していやがる。
殴りてえな、と実際跡部は思った。やさしくする気など光の百倍も速く失せた、サプライズを贈るよりその期待にこたえて心ゆくまでボコってやろうと簡単に思った。「俺にやさしくして跡部くん!」という彼のわけのわからない気色の悪い不愉快な日常的な要求に、今日ばかりは従ってやろうとずっと前から決めていたのに、普段何があっても揺らぐことのない跡部の鉄の意志を、この極寒バカはこんなにも容易に突き崩す。
跡部は眉をひそめて、握った千石の手に力を込めた。跡部の右手の中で小刻みに、感情ではなく惰性でただ振れ続ける千石の左手は拳を固めたまま解けない。無数のファイトバイトから滲む血が茶色く乾いてこびりついたその拳は、抜き身のナイフでいっぱいのブラックボックスに手を突っ込んだ愚か者のようで笑えない。拳の茶色も、学ランの袖口についた茶色も、数時間前にはあざやかすぎる赤として発生したはずだ。自分のうまれた日に他人をころすほど殴りつけた男。笑えない。
「無駄に傷つくってんじゃねえよ」
「でも右手は守ったよ」
「絡まれたら逃げろって言ってんじゃねえか」
「だってあっくんがマッハで向かってっちゃうんだもん、あっくん置いて逃げたらあとであっくんにころされちゃう!」
そう理由づけをして喜々として他校生と渡り合ったのだろう千石の、切れて腫れ始めている唇の端に、跡部は短く乱暴に口づけた。まずい鉄の味がした。
「祝ってやる気が失せるな」
千石がなんだかよくわからないおかしな悲鳴をあげた。ラケットを持つために守り通したきれいなままの右手がぎゅうと跡部を抱きしめたが、そんなものはいらない。ぼろぼろの醜い左手をこそはやくひらいて、俺を求めろ。