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(※慈郎、日吉)
落ちる夢を見たのだそうだ。
高いところからではなかったようだ、なぜだか突然バランスを崩し、踵から落ちて、身体が傾いでああ自分は落ちているのだなと知って一秒とせず、首のうしろに水が触れたという。すぐに全身が水中にあった。プールのそばとか立ってたっけおれ超だっせえ、と若干腹が立った、らしい。落ちるなら、どうせ落ちるならいっそ目眩のするほど高い高いところから真っ青な空に向かって落ちてゆきたかった、どこまでもどこまでも、そんで最後に跡部がだっこでうけとめてくれたら最高!
「でもおちる夢ってぜったい地面つく前に目ェ覚めるし」
コートの隅で膝を抱えてまるくなった慈郎は呟くようにそう締めくくった、のだろう、おそらく。昨夜見たという慈郎の夢が水に落ちたところで覚めたのか、話すのが面倒になっていまそこで終わらせたのか、それともこれからふたたび彼の口がひらく可能性があるのか、日吉にはまるで予想がつかない。だから、これで終わりならいいと強く願った。このまま二度と何も語らず、さっさといつものように眠ってしまえ。
ジローがたまにまともなことするとろくなことがねえと宍戸や向日がよく言っているが、まったくその通りだ。広い氷帝コート内では多くの部員たちが練習前のアップに励んでいて、奇跡的に時間を守ってその中に混ざっていたが恒常的に即飽きた慈郎が暇潰しの相手として日吉を選んだのは偶然、日吉にとってはここ七日間で最強の不幸。
「跡部さんがくるまであと十四分あります」
正確を期して日吉が言うと、しゃちょーしゅっきんね、と慈郎は普段の自分を棚上げした。
「寝ていたらどうですか」
「ねむくない」
目を見張りたくなるほど衝撃的な慈郎の返事に、日吉は心底自分が哀れになった。眠くない芥川慈郎なんて厄介なものの相手をなぜ俺が、
「でね、水んなかにキリン色の」
「夢の話ならもう聞きません」
眠ろうとしないこの人を放っておけないなんて不可解な感情はいったいどこから、
「でもほかに何かあったなら、早く言ってください」
膝に押しつけて伏せていた顔を、無表情に慈郎が上げた。瞳がわずかに驚いていた、ような気がした。
「練習が始まるまでなら聞いてあげます」
オメエ生意気!と慈郎は笑った。笑いながらコートに横倒しになり、あっという間に寝息を立て始めた。こんなに無礼で安堵をもたらす拒否を、日吉はいままで経験したことがない。