三日に一度くらい書けたらいいなの日記。たまにみじかい話も書きます。
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2025.04.20 Sunday
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当たり前の顔をして彼らは
2007.07.24 Tuesday
(28赤也)
ふたりして永遠みたいにそっぽを向いて、一点の日陰もない灼熱のテニスコートに並んで立っている。
空はどぎついほどにおそろしい青。連携して絶えず鳴き狂うおそろしき蝉のチームワーク。何よりおそろしいのは、テニスでは人並みに汗をかくが殺人的な真夏の日差しにはどう見ても涼しい顔のそこのふたり。
暑くねえのと赤也は尋ねた。どちらに、ということはなかった。なぜなら赤也はコートの上の三人目だが、ほかのふたりのことをそう多くは知らない。部活動のコートでしか会わない先輩たちのことを多く知る後輩なんて、実際滅多にはいない。
赤也の問いはひとりに無視され、もうひとりに一瞥ののち簡単に薄笑いで返された。
「口ん利き方がようないのお、切原あ」
涼しげといえばまあ涼しげ、胡散臭いといえばそれに勝る形容詞なし、不自然さならマックスの灰銀の髪をした彼の物言いに、赤也は違和感を覚える。そんな真っ当な指摘は彼ではなく、その隣で彼に背を向けてじっとコートに目を落としている上品な眼鏡の人の口から語られてこそだ。
額から流れた汗が右目に流れ込み、赤也はこどものように両目をつむる。あける。右目がすこし痛んだ。視界の中のふたりの違和感が増した。
「いま入れ替わってる?」
つい訊くと、仁王は揶揄するように、タメ口ぃ、と不安定に語尾を伸ばしてにやついた。
「入れ替わってますか?」
「なんでじゃあ」
「なんつーかちょっと、すげー気持ち悪い感じが、」
不自然、を言い間違えて本音が出た。脊髄反射で赤也は青ざめたが、幸い仁王は気に留めなかったようだ。
「いまは必要ないき」
単調な返事は否定と取れたが、十分に肯定でもあり得る気がした。必要ないことを無駄に完璧に常時やりたがるのが彼だ。
のう紳士、と同意を求めた仁王の手は、柳生が急に一歩進んだのでその肩をつかめずに空を切った。熱で凝った空気が一瞬かき回されたが、気休めにもならない。
柳生はさらに一歩進むとしゃがみ込み、何か拾い、すぐに立ち上がった。何を拾ったのか赤也には見えなかった。あのふたりの足元がゆらりゆらと歪んで見えるのはなんだろう。
柳生は拾った何かを仁王に渡し、仁王はそれをひょいと片目に入れる仕草をすると、助かったぜよ、と笑った。
「え、仁王先輩って目ェ悪かったっけ? んですか?」
「小五んときから眼鏡っ子、色気づいてからはコンタクトじゃ」
具体的な数字も、彼の口から出れば途端に曖昧になる。赤也が何も判断できずにいるうちに、仁王は何事もなかったように部室のほうへ歩き出し、柳生もまたそれに続く。
赤也は急にドキリとした。彼らも自分もこのあとの行動はまったく同様であるはずなのに、部室に引き上げて着替えて学校を出る、なのになんだよ、別行動?
夏休み、今日は部活が午前中だけで午後は遊び放題、みんな飛ぶように帰っていく中で仁王と柳生だけがいつまでもコートに残っていて、赤也は特に深い意味もなく当たり前の疑問に駆られて(何やってんだあの人たち?)それを遠くから眺めていただけだった。なのにいつの間にか声の届く位置にいて、その距離の変化はあまりにも、
(普通)
赤也は唐突に気づいた。
柳生が本当はコンタクトなんか拾っていなくても、仁王の視力が両目ともに2.0でも、いまふたりが入れ替わっていたとしても、彼らにとってそれは普通だ。まるで目に入らないように赤也を置いていくことも。
遠ざかっていくふたりの背が揺らいでいる。頭上に注ぐ熱も、コートから照り返すひかりも容赦ない。両手で雑に顔を拭うと、手首から肘へと汗が伝った。かげろう、という言葉を思い出す。
暑いのも蝉がうるさいのも陽炎が立つのも、普通のことだと知っている。正体の知れないふたりの先輩のことは、あまり知らない。
仁王と柳生は、もう練習場の外に出ていってしまった。けれどまだフェンス越しに姿は見える。
汗ばんだてのひらを、赤也はぎゅうと握りしめた。
いまならまだ、普通に、追いつける。
ふたりして永遠みたいにそっぽを向いて、一点の日陰もない灼熱のテニスコートに並んで立っている。
空はどぎついほどにおそろしい青。連携して絶えず鳴き狂うおそろしき蝉のチームワーク。何よりおそろしいのは、テニスでは人並みに汗をかくが殺人的な真夏の日差しにはどう見ても涼しい顔のそこのふたり。
暑くねえのと赤也は尋ねた。どちらに、ということはなかった。なぜなら赤也はコートの上の三人目だが、ほかのふたりのことをそう多くは知らない。部活動のコートでしか会わない先輩たちのことを多く知る後輩なんて、実際滅多にはいない。
赤也の問いはひとりに無視され、もうひとりに一瞥ののち簡単に薄笑いで返された。
「口ん利き方がようないのお、切原あ」
涼しげといえばまあ涼しげ、胡散臭いといえばそれに勝る形容詞なし、不自然さならマックスの灰銀の髪をした彼の物言いに、赤也は違和感を覚える。そんな真っ当な指摘は彼ではなく、その隣で彼に背を向けてじっとコートに目を落としている上品な眼鏡の人の口から語られてこそだ。
額から流れた汗が右目に流れ込み、赤也はこどものように両目をつむる。あける。右目がすこし痛んだ。視界の中のふたりの違和感が増した。
「いま入れ替わってる?」
つい訊くと、仁王は揶揄するように、タメ口ぃ、と不安定に語尾を伸ばしてにやついた。
「入れ替わってますか?」
「なんでじゃあ」
「なんつーかちょっと、すげー気持ち悪い感じが、」
不自然、を言い間違えて本音が出た。脊髄反射で赤也は青ざめたが、幸い仁王は気に留めなかったようだ。
「いまは必要ないき」
単調な返事は否定と取れたが、十分に肯定でもあり得る気がした。必要ないことを無駄に完璧に常時やりたがるのが彼だ。
のう紳士、と同意を求めた仁王の手は、柳生が急に一歩進んだのでその肩をつかめずに空を切った。熱で凝った空気が一瞬かき回されたが、気休めにもならない。
柳生はさらに一歩進むとしゃがみ込み、何か拾い、すぐに立ち上がった。何を拾ったのか赤也には見えなかった。あのふたりの足元がゆらりゆらと歪んで見えるのはなんだろう。
柳生は拾った何かを仁王に渡し、仁王はそれをひょいと片目に入れる仕草をすると、助かったぜよ、と笑った。
「え、仁王先輩って目ェ悪かったっけ? んですか?」
「小五んときから眼鏡っ子、色気づいてからはコンタクトじゃ」
具体的な数字も、彼の口から出れば途端に曖昧になる。赤也が何も判断できずにいるうちに、仁王は何事もなかったように部室のほうへ歩き出し、柳生もまたそれに続く。
赤也は急にドキリとした。彼らも自分もこのあとの行動はまったく同様であるはずなのに、部室に引き上げて着替えて学校を出る、なのになんだよ、別行動?
夏休み、今日は部活が午前中だけで午後は遊び放題、みんな飛ぶように帰っていく中で仁王と柳生だけがいつまでもコートに残っていて、赤也は特に深い意味もなく当たり前の疑問に駆られて(何やってんだあの人たち?)それを遠くから眺めていただけだった。なのにいつの間にか声の届く位置にいて、その距離の変化はあまりにも、
(普通)
赤也は唐突に気づいた。
柳生が本当はコンタクトなんか拾っていなくても、仁王の視力が両目ともに2.0でも、いまふたりが入れ替わっていたとしても、彼らにとってそれは普通だ。まるで目に入らないように赤也を置いていくことも。
遠ざかっていくふたりの背が揺らいでいる。頭上に注ぐ熱も、コートから照り返すひかりも容赦ない。両手で雑に顔を拭うと、手首から肘へと汗が伝った。かげろう、という言葉を思い出す。
暑いのも蝉がうるさいのも陽炎が立つのも、普通のことだと知っている。正体の知れないふたりの先輩のことは、あまり知らない。
仁王と柳生は、もう練習場の外に出ていってしまった。けれどまだフェンス越しに姿は見える。
汗ばんだてのひらを、赤也はぎゅうと握りしめた。
いまならまだ、普通に、追いつける。
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