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三日に一度くらい書けたらいいなの日記。たまにみじかい話も書きます。
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おまえは桜

(九龍/主皆主。ED後の話のつもりなので、微妙にネタバレしてます)

 桜は好きかと訊かれた。つまらない質問だと思って黙っていたら、日本人は桜を見ると問答無用で血が騒ぐもんらしいぞ! とキラキラした瞳で力説された。
「なんだその偏見に満ちた阿呆な説は」
「昨日テレビで見た!」
 普段テレビに縁のない生活、というか電気など通っていない地下やら未開の地やらを飛び回っている反動か、葉佩は状況が許す限りテレビにかじりつく癖がある。とりわけ日本のお笑いと、アメリカあたりの通販番組が好きなようだ。それから宮崎アニメ。
 テレビゲームも中毒的に好きだ。見たい番組がないときはひたすらコントローラーを握っている。アクション系はやたら強いが、パズルゲームやRPGは壊滅的にできない。さすが特記事項化人ハンター。しかし謎が解けないトレハンなんていていいのか。ある意味反則じゃないのか。運動神経と喧嘩殺法だけでどうにかなるってか、実際いままでしてきちゃったってか。
 ないわーと思いつつ皆守が眉間に薄くしわを寄せていると、今日も今日とて人の部屋でテレビの前一メートルぐらいの距離にクッション抱えてあぐらをかいてお気に入りの芸人のお決まりのネタを一緒に叫んでいた願わくば日付が変わる前には叩き出したい葉佩九龍が、前を向いたまま背後の床の上をペタペタと手探りし始めた。その物臭さではおそらく一生届かないであろう位置に転がっていたテレビのリモコンを拾い上げ、皆守は無言で葉佩の後頭部に投げつける。
 葉佩はわずかに首をかたむけて難なくリモコンをよけ、振り向かないまま片手でキャッチし、サンキューとテレビの電源を切った。腹立たしい。
「なードラクエやっていい?」
「どうぞどうぞ。ひたすら錬金釜炊きながらウロウロするんだろ」
「好きで釜ばっか炊いてるわけじゃないです! 鳥手に入れるの手伝ってよこれ以上無駄にレベル稼ぎたくねえよ!」
「俺はもう寝る。十二時前には帰れよ」
 実質残り一時間弱のタイムリミットを無情に突きつけて、皆守はベッドに上がる。葉佩に背を向けて素早く布団を引き被ろうとしたところで、体当たりみたいに背中から抱きつかれた。
「じゃあ花見いこう、夜桜見にいこう!」
「寝るっつってんだろてめえは帰れ」
「ええー泊めてよう」
「廊下でいいか。今夜は冷えるらしいな」
「あーハイハイ帰りますよ帰りますから送りついでに夜桜デート、ね?」
「おかしなとこさわんな!」
 胸元をまさぐってくる手を引き剥がしざま振り向いて拳を振るうと、ガツンといい音がして美しく葉佩の左頬に入った。痛いとかひどいとかわめきながら頬を押さえて葉佩が床を転げ回る。皆守はうんざりとベッドの上に身を起こした。
 葉佩は皆守の蹴り技はことごとくそれはもう生死がかかっているという真剣さでかわすくせに、拳の威力は侮っているらしくあまりよけようとしない。いちばん最初に右フックを食らわせたときに「いってえええなんだよアロマより重いもの持ったことないくせしてパンチも強いってどーゆーこと!? もーやだおまえきらい次はよける絶対よける!!」と握り拳で自ら宣言していたくせに実に学習能力がない。
 うざい、と思いながら皆守は仕方なく重たいまぶたにストップをかける。立ち上がり、送ってやるから早く帰れと言ったら葉佩はバンザイ三唱して(本当にだ)甲ちゃんだいすき! と今度は正面から抱きついてきた。キスをかわし損ねて濡れた舌の感触がいつまでも口内に残った。
 近所の桜はまだ五分咲きであのあたりは街灯の数もすくないからそう感動的な光景は見られないのだが、葉佩はそのことを承知なのだろうか。そんな夜桜でも喜ぶだろう葉佩、期待外れに大げさに肩を落とすだろう葉佩、どちらも想像に難くなくそしてどちらも見たくはないから、とりあえず言わずにおこうと皆守は思った。本当はいきたくないんだ、という本音も口には出さない。
(桜はきらいだ)
 桜の季節の前には戻ると信じていた男を、桜の最中も、散ったあとも、待ち続けたことを思い出す。クラスメートのうるさい女のようにあけっぴろげに怒ることも心配することも、保健室仲間のように静かに信じることも、皆守にはできなかった。あの苛立ちや怒りやくらやみを、(それでもわずかな きぼう を)、思い出す。
 ひどく昔のことのように思えるが、たった一年前だ。男が無事ヘラヘラと戻ったいま、簡単にほだされて触れ合って安堵して、ただの思い出と片付けてしまえそうな自分が癪にさわる。
「いかないの、皆守」
 どこだかで知り合った黒人ラッパーにもらいましたというサイズのでかいパーカーをはおりながら、葉佩がすこし訝しげな顔をした。やっぱ泊めてくれんの? と笑うのに、それで桜を見にいかなくて済むのならととんでもない妥協でつい頷いてしまいそうになり、けれど気づいた。
 葉佩とふたりで桜を見たことは、まだない。
「いくぞ」
 葉佩の背を押し、皆守は部屋の外へ出た。とりあえずはこいつの隣で桜を見てみよう。と、一大決心をしてふと見た葉佩のパーカーのフードの中に、白くひとひら。
 桜。
 

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