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ていうか最近更新も小話もぜんぜん書けてなくてほんとすいません…サイトやってる意味あんのかこれ。
こんな状態なのに覗きにきてくださってる方、拍手してくださる方、ほんとうにありがとうございます…!
続きからジロ跡のバレンタインネタです。ラブくないです。通常運転です。
ぶっちぎりで出遅れててあれなんですが、まだホワイトデー前だから許されるかなって! 思ってですね!
(テニス/ジロ跡)
っしゃああああああ見たかオラァ! と頭の悪い雄たけびが部室中に響き渡った。膝の上に広げていた雑誌から反射的に顔を上げてしまって、跡部は大いに後悔した。見たところでなんの役にも立たないもの、貴重な時間と優秀な視力と豊かな感性に悪影響を与えるだけの代物が、同時にいくつも目に入ってしまった。
ミーティング用の大机の上にはバレンタインチョコレートの箱や包みがいくつも並んでいて、それらを前に勝ち誇ったどや顔をする宍戸の右腕を、鳳がにこにこしながら高々と掲げている。
「宍戸さんの勝ちですね!」
「おーよ!」
椅子ひとつ挟んで鳳の横に座っていた日吉が、うるさそうにダブルスペアを見遣り、それから机上に並んだチョコレートに素早く目を走らせた。
「辛勝ですね」
机に頬杖をついてそっぽを向きながら呟くのを、「あァ?」と宍戸が聞き咎めてマッハで詰め寄ろうとし、鳳が慌てて止めている。
部室の奥のほうでは、滝と向日と樺地が仲良くソファに掛け、滝が高等部の女子生徒にもらったというチョコプリンをそろって食べている。樺地は最初、滝に贈られたものを自分が食べてしまうことをためらっていたようだが、「たくさんくれたから、部員の皆さんでどうぞってことなんだよ」と笑顔でのたまう滝に言いくるめられ、いまは大きな両手に小さなプリンカップとスプーンを持ってしあわせそうな顔をしている。
そして、宍戸に一方的に勝負を吹っ掛けられた(らしい。興味がないので跡部は詳細を知らない)忍足は、まるで部外者のような顔で、机の上のチョコレートのひとつを無造作に開封している。
「あっだめですよ忍足さん! それは宍戸さんがもらったやつです!」
「ええやん、一個ちょうだい」
「やんねえよアホ!」
くだらない言い合いを聞き流しながら、そのコアラのマーチもカウントに入っているのだろうかと跡部はぼんやり考える。それからそっちの、なんていうんだ、そのたくさんある小さくて四角いやつ、
「チロルは数に入れちゃだめなんだよ」
急に隣で声がして、なんていやなタイミングだと、跡部はそちらを見ないまま眉をひそめた。
跡部の隣で黙々とチョコレートを食べ続けていた慈郎の突然の発言に、「うるっせえよジロー!」と宍戸が噛みつく。
「チロル抜かすと負けんだよ!」
「忍足さんはチロルもらってないですもんね」
「長太郎てめえどっちの味方だ」
「宍戸さんに決まってるじゃないですか!」
奥で向日がゲラゲラ笑っている。 慈郎は何事もなかったような顔で、またもぐもぐと口を動かし始めた。
いま慈郎が一心に食べているチョコレートは、全部跡部がもらったものだ。自分でもらった分を食えと言ったら、おれのは妹とお母さんのお土産にするからだめ、ときた。その上でしゃあしゃあと抜かすのである、「跡部ひとりじゃ、これ全部食べきれないでしょ?」
確かにひとりで食べきれる量ではないし、正直食べる気もないのだが、跡部のためにがんばって食べてあげていますと言わんばかりの慈郎の面はおもしろくない。何より気に食わないのは、慈郎が、自分の食べ残しをすこしずつ跡部の前の机に並べていくことだ。
真珠みたいにつやつやと丸い小さなチョコレートが数粒。シャンパンの香りのするトリュフチョコレートがひとつ。手作りのチョコマーブルケーキをちぎったひとかけら。
そういうものが、跡部の目の前にどんどん増えていく。慈郎いわく食べ残しではなくて、「女の子の気持ちを大事にしてるの」。女の子たちが跡部のために愛を込めてつくったり買ったりしたものだから、全部慈郎が食べてしまうのはルール違反なのだそうだ。
「跡部ってそういうとこわかってないよね」
そう言いながら、女子の愛情の証しであるハート型のチョコを平然とまっぷたつにへし折る慈郎である。新たに目の前に置かれたハート型の右半分に、跡部は眉間のしわを深くする。
鼻血出んぞジロー! と向日の声が飛び、出たことねーもん、とハート型の半分を頬張ったまま慈郎が答えている。跡部は膝の上の雑誌を閉じ、机の下でゆるくこぶしを握った。
「俺が鼻血噴かせてやろうか、ジロー」
低く言うと、慈郎は噛み砕いたハートを歯のあいだに覗かせたまま、目を見ひらいて跡部を見た。
「エロいことしてくれんの?」
「グーでだよ」
「いらねえ」
舌打ちせんばかりにつまらなそうに吐き捨てると、慈郎は瞬時に跡部からチョコレートへと興味を戻した。
跡部はこぶしに力を込める。このこぶしが慈郎の鼻血で濡れたり、慈郎の歯で皮膚が破れて傷がつくのならそれはそれでいいんじゃないかと一瞬血迷ったが、そんな安い暴力を振るう気はさらさらないので、てのひらに握りしめた感情には行き場がない。
ひそかにため息をつきながら、ゆっくりこぶしをひらくと、まるで待っていたみたいに突然その手首をつかまれた。驚くより早く慈郎の黄色い髪とチョコレートの強い香りが鼻先をかすめ、おれの気持ち、と耳元でささやく声がして、てのひらに何かが落ちてきた。
跡部が名前を覚えていない、食べたこともないと言ったら宍戸や向日に変人扱いをされた、カラフルな包み紙の、あの小さな四角いチョコレートだった。
手の上のちっぽけな「気持ち」と、すぐに跡部から身体を離して新たなチョコレートの包装を破き始めた慈郎を見くらべる。
安いな、と思わず呟こうとして、やめた。てのひらのチョコレートは妙に熱を持ってやわらかかった。純粋で幼い恋をする少女のように、渡すタイミングを逸して小さなチョコレートを一日中ずっと握りしめていた慈郎、を、想像して、あまりのありえなさに目眩がした。万が一にもない。たとえ跡部がテニスラケットを、慈郎が睡眠を、跡部が芥川慈郎を、慈郎が跡部景吾を永遠に手放す日がきたって、それだけはない。
チョコレートを手にしたまま固まっている跡部を見て慈郎はすこし首をかしげ、それから、おいしいよ、と笑った。
「あーんしてあげよっか?」
「いらねえよ」
跡部も笑ってしまった。