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(落乱/六は/現代)
これはなんのにおいだと尋ねると、ハンドクリーム、と返ってきた。
ハンドクリームって。使うのかよ、お前がそんなもんを。女の持ち物だろそれ。
偏見、男女差別、そんなことじゃだめだよ留三郎、と言われた。
食満は盛大に眉をひそめて善法寺を見下ろす。善法寺は教壇の真正面の自分の席に着いて件のハンドクリームとやらをぐるぐると手の甲に塗りたくるのに没頭していて、机の横に立つ食満には一瞥もくれない。
善法寺の机の上には透明のクリームイエローの小さなチューブが置かれている。チューブ自体は透明だが透明ゆえに中身のクリームイエローが丸見えなので「透明のクリームイエロー」なのである。矛盾はしていない。そんなどうでもいいことを食満は真面目くさって考える。
キャップのはずれたチューブの口からか、善法寺の手からか、あるいはその両方からか、ふうわりとレモンの薄まったようなにおいが立ちのぼって食満の鼻にまとわりつく。食満はついなんとなく息を止め、しかし意味もなければそう長くも続かないので結局また呼吸をするとともにその馴染みのない正体不明のにおいをかぐ羽目になる。
「そんなことじゃだめって、何が」
「女の子にもてないよ」
「アホか」
「重要なことじゃない?」
「アホか」
食満がくり返すと、二回言った、と不満げに呟いて善法寺はようやく顔を上げ、食満を見た。
「もともともてる人にはわからないよね」
「もてる? 誰が」
「どうしよう、留がむかつく」
普段ふにゃふにゃと頼りなく笑うばかりの善法寺の顔が、めずらしく牙を剥く肉食の動物みたいな色を孕んだ。善法寺の言葉も、周囲に漂うにおいもまったく正体不明であると、食満はげんなりする。
いや、正体ならわかるのだ、においの正体なら。これはハンドクリームとやらのにおいで、チューブをよく見てみればレモングラスの香りと記してあって、レモングラスとは確か植物のことでその精油を石鹸などの香料に用いる、のである。そしてハンドクリームを使う男は、
「あー、善ちゃんがいいにおいさしてるー」
女にもてる、らしい。
そこのクリームいいよねー、と弾んだ声を上げてクラスメートの女子が善法寺に寄ってきて、食満はすこし感心した。
「私ピーチとラベンダーしか持ってないんだ」
「僕はローズとバーベナとこれ。使う?」
「やった、ありがとー。ここのクリームってだんだん爪がツヤツヤしてこない?」
「くるくる、表面が滑らかになるよね」
「だよねー。つーか善ちゃん指なが! 爪の形きれー、うらやましー」
しかしこれはどう聞いても男女ではなく女同士の会話ではなかろうか。つまりハンドクリームともてる男に因果関係は成立しないのではなかろうか。つーか伊作お前ぜんぜん違和感ないぞ、普通に女子みたいだぞ。
と、思ったのがうっかり顔に出たのか、笑顔で女子と話していた善法寺が急にくるりと食満を向いて穏やかな表情を崩さぬままあまりにも不穏当なデマを吐いた。
「留ってね、女の子に興味ないんだって」
えっ、と女子が瞬時に顔を引きつらせて食満を凝視した。その視線に驚きや蔑視よりはるかに濃い落胆が滲んでいたのを食満は当たり前に見落とした。
「てめ、伊作、」
食満がにらむより早く善法寺は食満から視線を逸らし、机に両手で頬杖をついて、充満するレモンの香りを煽る溜め息をついた。
薬学を専攻する善法寺の薬剤で荒れた手にはハンドクリームなど気休めにもならない。ましてやそんなもので女が釣れるはずもない。
「不運」の二文字で容易に表現され、理解され、片付けられる善法寺伊作という男が実は甚だ正体不明であると食満が感じるのは、いつだってこんな些細な瞬間なのだった。
「アホか」
苛立ちまぎれの三度目の食満の呟きは、まったく無意味であり、善法寺が反応を示すことはなかった。
レモングラスの真相は謎のままである。
***
今日六は祭って夜10時半すぎぐらいに知って、そっから慌てて書いたら2時間ほど間に合わなかった上にこんな代物になりましたたいへんすいません。六い、六ろ祭をどスルーしてしまって絶賛後悔中です。
つーか、こんな伊作はありですか…。
なんかぜんぜん伊作じゃない、ですよ、ね(それを言うなら食満もなんですが)
わたし伊作だいすきみたいなんですけどなんかぜんぜんつかめてないってかわかってないってか好きだからゆがむっていうか(いつものことすぎる)
書いてるうちにだんだん伊→食ぽい感じになってきた気もしますが伊作のあれは恋心ゆえではなくただの嫌がらせと思います。
精進します。