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(テニス/ジロ跡)
嫉妬という感情に縁がない、そもそもそんなもの漢字からして書けない。
そんな慈郎を跡部はもはや笑いすらせず、「おまえはほんとに常識がねえな」と目もくれずに切り捨てるだけだ。
しっとって漢字で書けるのって常識なの?
その些細な疑問は慈郎の意識にめずらしく根深く残り、ひと晩たってもまだまったく忘れる気配がないくらいにはぴかぴかと鮮明だったので、慈郎はとりあえず紙(朝刊に挟まっていた広告の裏)と鉛筆(妹の色鉛筆セットから適当に抜いてきた青色)を持って、「しっとって書けますか」と翌日学校で聞き回った。
向日は書けなかった。
宍戸も書けなかった。
滝は書けた、さっすがー。
日吉も書けた、わかしくん字ーきれいねって言ったらなんかすげーにらまれた。
忍足も書けた。なんでだろうちょっといや。
で、慈郎的結論。中学生が「しっと」を漢字で書けるというのは地球の日本人の常識ではなくて、あとべ星のあとべ星人の常識である。以上!
「なあジローおまえ」
「あい」
「誕生日近いよな」
「朝から夜までデートして!」
「辞書買ってやる」
「ちゃんと早起きするから!」
「広辞苑ていう凶器みてえな分厚いのを買ってやる」
「いらねえよバカ!」
慈郎が丸めて投げつけた広告を跡部は顔の前であっさりつかみ取り、不愉快そうにうっすらと眉をひそめて紙を広げた。あらわれたスーパーの特売情報に不審げに眉間のしわを深めたが、裏面に並ぶいくつかの「嫉妬」の文字を見ると、途端に鼻で笑った。
「広辞苑がいやなら何もやらねえからな」
勝ち誇ったように口角を上げ、席を立って教室を出ていこうとする跡部の背中に慈郎は今度は青鉛筆を投げつけようとして、けれど腕を振りかぶったところで思いとどまった。この青鉛筆は妹のものなので。妹はあとべ星人が大好きなので。
「辞書もらってあげるからデートして」
慈郎が青鉛筆を握りしめた腕をおろして口をとがらせると、跡部は振り返ってあきれたように息をついた。
「なんっだその図々しい提案は」
「オメエの要求のんであげるって言ってんの」
「誰がいつ何を要求したよ、あァ? おまえほんとに常識ねえな」
「部活ないのにどこいくの」
「人の話も聞かねえしな」
今日はオフ日なのに、跡部はラケットキャリーを担いで明らかにコートに行こうとしている。跡部だって人の話を、昨日の慈郎の話を聞いていなかったのじゃないか、今日は一緒にテニスショップに行ってくれると言ったのに。
慈郎の恨みがましい視線を受けて約束を思い出したらしく、ああ、と跡部は若干気まずそうにまばたいた。
「すこし打っていくぐらい構わねえだろ。付き合えジロー」
「テニス中毒」
慈郎が呟くと、跡部は困ったように薄く笑った。こういうときだけ普段の尊大さのかけらもない笑い方をする、跡部のそんな素直さはいつだって慈郎の胸の奥底をちりちりと引っ掻く。
あれ、これってもしかしてしっと?
滝や日吉の青い筆跡が慈郎の頭の中でくるくる回る、文字の形は判然としない、慈郎はきっとこの先高校生になっても、もしかしたら大人になってもずっと、「嫉妬」と書けない人生を送るのかもしれない。
文字なんて知らなくたって生きられる、それならいっそ感情も知らずにいられればよかった。
テニスに嫉妬。
(どうしようそんなの絶対に勝てない)
跡部の世界を敵に回すようなもの。
***
この話がだいぶ前(いま確かめたら3年前とか…ひいい)に更新したジロ誕話につながるとかつながらないとか…。
慈郎さん誕生日おめでとう!
なんか知りませんがほんともうかわいくない慈郎が好きだだいすきだ。
でも今回の慈郎はわたしが書いたにしてはかわいいほうだと思 いえスイマセン。
今夜はひさびさにヤンジロ探しの旅に出ようかと思います。
拍手ありがとうございました!