三日に一度くらい書けたらいいなの日記。たまにみじかい話も書きます。
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2025.04.20 Sunday
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いまは閉ざす
2007.02.24 Saturday
(菊海)
ネットについた菊丸の死角に叩き込んだ渾身のブーメランスネイクに、しかし彼は驚異的な反応を見せ反則的なアクロバティックで飛びつきあまつさえ返してきた、が、黄色い弾道は大きく逸れてコートの外へ。はいアウトー英二の負けー、と不二がおもしろくもなさそうに審判台の上で膝に頬杖ついたままジャッジをくだすと、無理な返球の勢いでコートにすっ転がっていた菊丸はガバと跳ね起き、
「うっそだね! いまのでデュースですから!」
「アドバンテージ海堂でしたからあー。残念!」
「ひさびさ聞きましたからはたよーく、残念! デュース!」
「ゲーム海堂ー」
のらりくらりと問答無用の不二は横目でわずか海堂を見、いつも通りの正体のない笑みを浮かべる。菊丸はまるで海堂を見ず、審判台で悠々と足を組む不二に食い下がって「じゃあじゃんけんで英二が勝ったらデュースにしようね」とあやされているのか憐れまれているのかどちらにしろ馬鹿にされてはいる行き当たりばったりの譲歩を引き出した末に、十連敗の奇跡を引き起こしたりしていた。
「うあーりーえーねえー!」
菊丸の絶叫を聞きながら海堂は、当人の片割れである自分を無視してじゃんけんなんて幼稚かつ古典的な方法に左右されようとしているワンゲームマッチの行方を、他人事の気分で見守った。練習前のアップの延長のお遊び、勝敗なんてあってないに等しい、そこまでムキになる必要がどこに?
「デュースでいいです」
実にどうでもいい、むしろ鬱陶しいとさえ思いながら口を挟むと、はあ!? と菊丸は心外なほどにトゲのある声を張り上げて振り向いた。
「何かっこいいこと言っちゃってんの、負けてもいいわけ? かいどーバカ?」
聞き慣れない冷たい声音の物言いは、うんざりと聞き流すには一方的すぎた。デュースでいいと言っただけ、それで負けると決めてかかられるのは不愉快だ。というか誰が馬鹿だ。
「だってあんたなんなんスか、そのじゃんけんの弱さ」
本当のところは知らないが、単に不二が世にも不自然な確率で勝ち続けているだけなのかもしれないがとりあえず言ってやると、菊丸は大いにお気に召さなかったようで、あァ? とあからさまに柄が悪くなった。その頭上では不二が、優雅さのかけらもなく大あくびをひとつ。
「そんなんでいつまで粘る気ですか」
「勝つまでだよ」
「いつ勝つんスか。待ってる時間が惜しい。だからデュースでいいって言ってんです」
「かわいくねえな」
「かわいいと思われても嬉しくねえ」
正直、だんだん苛立ち始めていた。なんでこの人の相手はこんなに面倒なんだ。
先輩を敬うことを放棄しつつある海堂の態度に、菊丸の表情もますます不穏になりかけたとき、あはは、と不二が乾いた笑い声をあげた。軽やかに審判台から跳び降りると、
「僕もデュースでいいよ」
にこやかに言い置いて、コートの入り口のほうへ行ってしまった。集合時間になったことに、海堂もすぐに気づいた。よかった、と思った。この場から、この菊丸英二という生物から逃れられる。
「よかったっスね。続きはまた」
当然、二度と続ける気などなかった。不二のあとを追うように歩き出した途端、うしろから菊丸に腕をつかまれた。あまりの唐突さと力の強さに驚いて思わず邪険に過ぎる勢いで振り払い、しまったと思ったが、菊丸は意にも介さぬ目をしていた。
「俺は海堂にだけは負けたくないの」
それは言葉、余りにも低く平坦な音であったのに、急角度で視覚から脳に食い込んだ。
「わかる!?」
「わかります」
打って変わって感情を強める菊丸から目を逸らさず、努めて平静を保って海堂は答えた。
「俺だって、誰にも負ける気はねえ」
菊丸がひどく期待を裏切られたような苛立った目をしたのには気づかないふりをして、もう一度歩き出す。
おまえにだけは、なんて。
菊丸が、自分と同じプライドを秘めていたなんて。その根底にある感情はなんだ?
確かめる気はない、知りたくはない、だから決して口には出さない。
(あんたにだけは)
ネットについた菊丸の死角に叩き込んだ渾身のブーメランスネイクに、しかし彼は驚異的な反応を見せ反則的なアクロバティックで飛びつきあまつさえ返してきた、が、黄色い弾道は大きく逸れてコートの外へ。はいアウトー英二の負けー、と不二がおもしろくもなさそうに審判台の上で膝に頬杖ついたままジャッジをくだすと、無理な返球の勢いでコートにすっ転がっていた菊丸はガバと跳ね起き、
「うっそだね! いまのでデュースですから!」
「アドバンテージ海堂でしたからあー。残念!」
「ひさびさ聞きましたからはたよーく、残念! デュース!」
「ゲーム海堂ー」
のらりくらりと問答無用の不二は横目でわずか海堂を見、いつも通りの正体のない笑みを浮かべる。菊丸はまるで海堂を見ず、審判台で悠々と足を組む不二に食い下がって「じゃあじゃんけんで英二が勝ったらデュースにしようね」とあやされているのか憐れまれているのかどちらにしろ馬鹿にされてはいる行き当たりばったりの譲歩を引き出した末に、十連敗の奇跡を引き起こしたりしていた。
「うあーりーえーねえー!」
菊丸の絶叫を聞きながら海堂は、当人の片割れである自分を無視してじゃんけんなんて幼稚かつ古典的な方法に左右されようとしているワンゲームマッチの行方を、他人事の気分で見守った。練習前のアップの延長のお遊び、勝敗なんてあってないに等しい、そこまでムキになる必要がどこに?
「デュースでいいです」
実にどうでもいい、むしろ鬱陶しいとさえ思いながら口を挟むと、はあ!? と菊丸は心外なほどにトゲのある声を張り上げて振り向いた。
「何かっこいいこと言っちゃってんの、負けてもいいわけ? かいどーバカ?」
聞き慣れない冷たい声音の物言いは、うんざりと聞き流すには一方的すぎた。デュースでいいと言っただけ、それで負けると決めてかかられるのは不愉快だ。というか誰が馬鹿だ。
「だってあんたなんなんスか、そのじゃんけんの弱さ」
本当のところは知らないが、単に不二が世にも不自然な確率で勝ち続けているだけなのかもしれないがとりあえず言ってやると、菊丸は大いにお気に召さなかったようで、あァ? とあからさまに柄が悪くなった。その頭上では不二が、優雅さのかけらもなく大あくびをひとつ。
「そんなんでいつまで粘る気ですか」
「勝つまでだよ」
「いつ勝つんスか。待ってる時間が惜しい。だからデュースでいいって言ってんです」
「かわいくねえな」
「かわいいと思われても嬉しくねえ」
正直、だんだん苛立ち始めていた。なんでこの人の相手はこんなに面倒なんだ。
先輩を敬うことを放棄しつつある海堂の態度に、菊丸の表情もますます不穏になりかけたとき、あはは、と不二が乾いた笑い声をあげた。軽やかに審判台から跳び降りると、
「僕もデュースでいいよ」
にこやかに言い置いて、コートの入り口のほうへ行ってしまった。集合時間になったことに、海堂もすぐに気づいた。よかった、と思った。この場から、この菊丸英二という生物から逃れられる。
「よかったっスね。続きはまた」
当然、二度と続ける気などなかった。不二のあとを追うように歩き出した途端、うしろから菊丸に腕をつかまれた。あまりの唐突さと力の強さに驚いて思わず邪険に過ぎる勢いで振り払い、しまったと思ったが、菊丸は意にも介さぬ目をしていた。
「俺は海堂にだけは負けたくないの」
それは言葉、余りにも低く平坦な音であったのに、急角度で視覚から脳に食い込んだ。
「わかる!?」
「わかります」
打って変わって感情を強める菊丸から目を逸らさず、努めて平静を保って海堂は答えた。
「俺だって、誰にも負ける気はねえ」
菊丸がひどく期待を裏切られたような苛立った目をしたのには気づかないふりをして、もう一度歩き出す。
おまえにだけは、なんて。
菊丸が、自分と同じプライドを秘めていたなんて。その根底にある感情はなんだ?
確かめる気はない、知りたくはない、だから決して口には出さない。
(あんたにだけは)
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