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(※切ジロ)
会いたくないならこなくていいし、軽蔑するなら笑えばいいし、気に食わないなら殴ればいいし、奪いたいならセックスだけでいい。
意味のないつまらない関係のままでいいし、
きらいなら、きらいって言えばいい。
「死んじまうけど」
言われたら、きっと俺は死んでしまうけれどね。
「気味が悪かのう」
「あ?」
「死ぬる死ぬるてひとりごちとうよ、切原が」
「あっそうじゃあ死ぬんじゃねえの?」
「余命三ヵ月かの」
「三日で十分だろい」
言い放って高らかに本気で笑い合う鬼のような先輩たちを無視して、赤也は足早に部室をあとにした。本当なら椅子の一脚二脚十脚ぐらいはぶち投げてやりたいところだが、あの豺狼どもを相手にそんな世界の終焉に挑戦するがごとき暴挙に出る勇気がせまい自分の心のどこかに秘められているだろうか、いやない、せめてそれこそ殺す勢いで乱暴極まりなくドアを閉めてささやかな抵抗を。
ドアと壁と鼓膜を震わせる衝撃がさめない夕暮れのうつくしい廊下、の向こうの角から厳然と現れた真田に見咎められる前に、赤也は逆方向へ逃げ出した。走って走って昇降口を飛び出してもまだ走って、そして、校門の外に彼を見る。
「モジャ原くん、おれ待たすとかってオメエ何様?」
さも信じられないという面でふてぶてしさを炸裂させる彼こそが何様だ。呼んだ覚えはない、したがって待たせた覚えもない、こんな奇跡を起こせる行いのよさにもまるで覚えが
「ない、ん、ですけど」
きらいなんて日本語も必要ない、存在だけであんたはおれをころす、
生かす。
(※慈郎、日吉)
落ちる夢を見たのだそうだ。
高いところからではなかったようだ、なぜだか突然バランスを崩し、踵から落ちて、身体が傾いでああ自分は落ちているのだなと知って一秒とせず、首のうしろに水が触れたという。すぐに全身が水中にあった。プールのそばとか立ってたっけおれ超だっせえ、と若干腹が立った、らしい。落ちるなら、どうせ落ちるならいっそ目眩のするほど高い高いところから真っ青な空に向かって落ちてゆきたかった、どこまでもどこまでも、そんで最後に跡部がだっこでうけとめてくれたら最高!
「でもおちる夢ってぜったい地面つく前に目ェ覚めるし」
コートの隅で膝を抱えてまるくなった慈郎は呟くようにそう締めくくった、のだろう、おそらく。昨夜見たという慈郎の夢が水に落ちたところで覚めたのか、話すのが面倒になっていまそこで終わらせたのか、それともこれからふたたび彼の口がひらく可能性があるのか、日吉にはまるで予想がつかない。だから、これで終わりならいいと強く願った。このまま二度と何も語らず、さっさといつものように眠ってしまえ。
ジローがたまにまともなことするとろくなことがねえと宍戸や向日がよく言っているが、まったくその通りだ。広い氷帝コート内では多くの部員たちが練習前のアップに励んでいて、奇跡的に時間を守ってその中に混ざっていたが恒常的に即飽きた慈郎が暇潰しの相手として日吉を選んだのは偶然、日吉にとってはここ七日間で最強の不幸。
「跡部さんがくるまであと十四分あります」
正確を期して日吉が言うと、しゃちょーしゅっきんね、と慈郎は普段の自分を棚上げした。
「寝ていたらどうですか」
「ねむくない」
目を見張りたくなるほど衝撃的な慈郎の返事に、日吉は心底自分が哀れになった。眠くない芥川慈郎なんて厄介なものの相手をなぜ俺が、
「でね、水んなかにキリン色の」
「夢の話ならもう聞きません」
眠ろうとしないこの人を放っておけないなんて不可解な感情はいったいどこから、
「でもほかに何かあったなら、早く言ってください」
膝に押しつけて伏せていた顔を、無表情に慈郎が上げた。瞳がわずかに驚いていた、ような気がした。
「練習が始まるまでなら聞いてあげます」
オメエ生意気!と慈郎は笑った。笑いながらコートに横倒しになり、あっという間に寝息を立て始めた。こんなに無礼で安堵をもたらす拒否を、日吉はいままで経験したことがない。
(※ジロ跡)
ポイントカードの元祖をうたう某大型電化製品量販店の家電フロアに、慈郎とふたりでいる。跡部と揃いの、なのに到底同じには見えないだらしなく着崩した制服姿の慈郎が、威圧的に並べ立てられた大容量の冷蔵庫群のあいだをとことこ進むのを、跡部も惰性のように追って歩いた。
多くのカップルや親子連れがパンフレットまたは店員片手に真剣に品定めをしている中、まるで商品を選ぶ気配なく通路を直進する大型冷蔵庫なんて買い物をする財力も必要もないはずの制服姿の中学生、である自分たちの異質さは当然だんだんと居心地の悪さにつながってゆく。れいぞーこ、と確かに慈郎は言ったのに、どれひとつ興味を示すことなくただフロアを突き進む。
「ジローてめえちゃんと見てんのかよ」
呼ぶと慈郎は足を止めて振り返り、うん、と頷いた。
「おれがはいれるくらいおっきいのがいい」
またアホなことをと跡部がため息をつく間に、慈郎はてててと洗濯機のコーナーへ移動を始めた。
「おい!」
「せんたっき。おれがはいれるくらいおっきいのがいい」
「あのな」
「かんそうき。おれがはいれるくらいおっきいのがいい」「おーぶんれんじ。おれがはいれるくらいおっきいの」「ゆわかしぽっと。おれがはいれるくらい」「そーじき。おれが」
ああついに慈郎が壊れた、と跡部は思った。修理はきくのだろうかと気が滅入った。というかそもそもジローおまえ根本的にありとあらゆる使用方法を
「誤解し」
と、いっそ引くほど明瞭に言いかけた自分の声で、跡部は目を覚ました。ベッドの隣では慈郎がめずらしく起きていて、鼻先まで布団をかぶったまま気味悪げに跡部を見つめている。
「跡部、れいぞーこほしいの?」
「……いらねえよ」
「おっきいれいぞーこ?」
「黙れ」
時計を見れば午前四時だ。ありえない時間に起きているありえない慈郎と、ありえない夢を見てありえない寝言をかましたらしい自分。すべてぶち壊したいと跡部は願った、修理などきかなくていい!
「ねー跡部、せんたっき?」
「一生入ってろ!」
(※せんべ)
大丈夫かよと尋ねて手を握ってやったら、この態度だ。
「ひっ!? どうしたの跡部くん!?」
跡部景吾がやさしく構ってやることに対して、千石清純は絶望的に疑り深い。
「ななななんでそんなやさ、やさしいのですかね?」
どもるなよ。敬語かよ。失礼なんだよ疑問系がよ。
扱いづらさに定評こそあれ利点など何ひとつないと思える白い学ランの袖口を茶色く汚した千石は、向かい合って立つ跡部の顔とつかまれた手を交互に見比べながら、警戒心丸出しであからさまに身構えている。一秒後に即殴られると世界の理みたいに確信していやがる。
殴りてえな、と実際跡部は思った。やさしくする気など光の百倍も速く失せた、サプライズを贈るよりその期待にこたえて心ゆくまでボコってやろうと簡単に思った。「俺にやさしくして跡部くん!」という彼のわけのわからない気色の悪い不愉快な日常的な要求に、今日ばかりは従ってやろうとずっと前から決めていたのに、普段何があっても揺らぐことのない跡部の鉄の意志を、この極寒バカはこんなにも容易に突き崩す。
跡部は眉をひそめて、握った千石の手に力を込めた。跡部の右手の中で小刻みに、感情ではなく惰性でただ振れ続ける千石の左手は拳を固めたまま解けない。無数のファイトバイトから滲む血が茶色く乾いてこびりついたその拳は、抜き身のナイフでいっぱいのブラックボックスに手を突っ込んだ愚か者のようで笑えない。拳の茶色も、学ランの袖口についた茶色も、数時間前にはあざやかすぎる赤として発生したはずだ。自分のうまれた日に他人をころすほど殴りつけた男。笑えない。
「無駄に傷つくってんじゃねえよ」
「でも右手は守ったよ」
「絡まれたら逃げろって言ってんじゃねえか」
「だってあっくんがマッハで向かってっちゃうんだもん、あっくん置いて逃げたらあとであっくんにころされちゃう!」
そう理由づけをして喜々として他校生と渡り合ったのだろう千石の、切れて腫れ始めている唇の端に、跡部は短く乱暴に口づけた。まずい鉄の味がした。
「祝ってやる気が失せるな」
千石がなんだかよくわからないおかしな悲鳴をあげた。ラケットを持つために守り通したきれいなままの右手がぎゅうと跡部を抱きしめたが、そんなものはいらない。ぼろぼろの醜い左手をこそはやくひらいて、俺を求めろ。